塩野七生 ローマ学 第7章~

第7章 「創造的天才」 ガイウス・ユリウス・カエサル
終身独裁官
ルビコンを渡り、元老院側に立つポンペウス派との内戦を終えたユリウス・カエサルが終身独裁官に就任したのは、BC44年2月のことです。カエサルは独裁官に「終身」の一語を加える事で、ローマの政治体制を完全に変えてしまった。つまりローマの共和制が事実上停止されることになります。
ローマの政治体制がイタリア半島の内部にトドマッテいた段階では共和制はよく機能していた。それが地中海が「わが海」になった時点で、元老院は機能不全を起こす。

カエサルが行おうとした「新生ローマ」への改革とは新しい制度を起こすことではなくて、
再構築することであった。
ローマ人が王政時代から持ち続けてきた「敗者をも同化する」という精神は捨てなかった
カエサル以前の元老院にとって「ローマ」とは都市国家ローマであり、ローマの国境とされたルビコン川の外はローマ領であっても、ローマではない。元老院がローマ市民の支配者であらねばならない。
これが元老院の考えでした。
これに対してカエサルは最初から国境という概念はなかった。ローマが支配するところはすべてローマであった。ローマの周囲に巡らされていた城壁を取り壊し「新しいローマにおいては城壁など必要ないほど平和になる」という決意表明です。この後ローマは300年に渡って存続します。いわゆる「ローマによる平和」(=パスク・ロマーナ)の時代の到来です。
彼が作ろうとしていた帝国とは中央集権と地方分権がミックスした「コスモポリス」(世界国家)なのです広大なローマ領を統治するには中央集権一本槍ではできない。あくまでも「ケース・バイ・ケース」でおこなう。これからのローマにとっては何より安定が必要であり、これ以上の領土拡大は必要ない。これがカエサルの基本認識でした。
ではカエサル自身が行った8年に渡るガリア戦役とは何だったのか?
カエサルにとってのガリア戦役とは
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by maryroserose | 2016-03-24 15:34 | 読書

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