フリードリッヒⅡ世の生涯:第4章 無血十字軍

十字軍遠征はキリスト教への信仰心を満たす為だけではなく、聖地に遠征したという経歴は統治する国や地方の住民に対して無視できない効能があった。
今まさにフリードリッヒが遠征に発たざるをえなくなっていた時期に・・・十字軍遠征は実行に移しても剣ではなくて話し合いで目的に達せるのではないか、と。この点に目を付けた
苦境にたったアル・カミール(=エジプトのスルタン)は十字軍側に、エジプト退去を条件にイエルサレムを返還してもよいと申し入れた。
出発までに
p136~p158はスルー

スルタンというイスラム世界の統治者であるカミールにとって最大の関心事は「エジプトには攻めてくれるな、であった。それをokしてくれるならばイエルサレムを返してもよい、と。
第6次になる十字軍遠征を率いるのは血を流さないで聖都を再復出来るならばそれに越したことはないと、
思うフリードリッヒだ。

シチリア王国の中央集権化は着実に進んでいた。とはいえ一朝一夕にして成ることではなかった。
この難事に対処するに誠心誠意な説得よりも諸侯たちの心に影響力を持つ高位聖職者たちの
権威を利用した
13世紀、フランス、イギリス、スペインどの国においても十字軍を率いていけそうな君主は30歳になっていたフリードリッヒしかいなかったのである。
イエルサレムの王
イエルサレムの王ブリエンヌ(フランス人)が70歳に近づいた自らの年齢からも、
イスラム王国の正統の世継である14才の娘の結婚相手を探していた。フリードリッヒはこれを承諾、
こうして神聖ローマ帝国皇帝とイエルサレムの王女の結婚が成立する
「イエルサレム王国の王」という名称は当時のヨーロッパでは「ビッグネーム」であった。なにしろイエス・キリストの墓所を守りそこに参拝するヨーロッパからの巡礼を保護する責任者であった。
フリードリッヒは、この結婚を承諾する。
神聖ローマ帝国皇帝、シチリア王、イエルサレム王、とビッグネームである称号を一身にする事は
ヨーロッパの他の王族に対して強いインパクトを与えることになる。
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by maryroserose | 2016-02-15 11:39 | 読書

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