皇帝フリードリッヒ2世の生涯

海軍再興
海上防衛はジェノバとピサに頼っていた。フリードリッヒによるシチリア王国独自の海軍力再興として
まずは海上防衛の自前化を成し遂げた。シチリア王国海軍はフリードリッヒが率いる第6次十字軍では重要な役割を果たすことになる
フォッジアの王宮
現代のフォッジアを訪れて八百年昔には存在した王宮を想像するのは絶望的である。
なぜフォッジアの王宮だけが徹底的に破壊されたのか?
又彼はこの時期1223年頃からプーリアの全域に多くの城塞を建設していくが、そのほとんどが残っている。

カステル・デル・モンテの城塞は世界遺産に指定され観光客が絶えない。
フォッジアの王宮が破壊されたのは、この建物だけがキリスト教的ではなく、イスラム色が濃かったからではないか・・・・・・
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カステル・デル・モンテの城塞
戦のための要塞というより、狩猟で立ち寄って祝宴を開くための城だったといいます
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聖地巡礼は聖地パレスチナまで行って聖都イエルサレムに残る聖墳墓教会で祈れば、カトリック教会は完全免罪にしてくれたのである。庶民も王侯も関係なく聖地巡礼熱が高かったのは当然だ
フォッジアは巡礼の幹線路の道筋になっていた
法王庁にすればフォッジアにあるフリードリッヒの王宮は我慢のならない存在であった。入浴が病人にしか認められていなかった時代にもかかわらず彼の王宮には本格的な浴場が完備していた
中世のキリスト教会は入浴を異教徒ローマ人が好んだ悪しき風習として断罪していた。反対にイスラム教では入浴は罪悪視されていなかった

1224年、29歳になっていたフリードリッヒは、又もローマ法王の気を損ねかねないことを実行した
ナポリ大学の創設を公表したのである
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by maryroserose | 2016-02-13 11:27 | 読書

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