フリードリッヒ2世の生涯

ヘルマンとの出会い
ドイツ貴族の出身でチュウトン騎士団長のヘルマンとパレルモの大司教ベラルドの二人がフリードリッヒにとっての有能な「外務大臣」であった。皇帝フリードリッヒ2世はこの時期にいずれも15歳は年長の絶好の協力者2人を得ている。
中世キリスト教会最高の権威を行使した法王インノケンチュウス3世だが、体調が優れない日が続くようになっていた。当時56歳。中世のローマの夏はとっても耐えがたい。気温が高いだけでなく不潔だった。
古代には充分機能していた上下水道も中世ではメンテナンスを担当する機関が消滅していてローマですらも疫病が蔓延していた。1216年夏ペルージャにて法王は56歳で死去する
法王ホノリュウス3世
選出されたのはすでに八十八歳の老人で、信仰心は篤く二つの事、第一は異端者の壊滅第二は、聖都エルサレムを再びキリスト教徒の手に戻すこと、である。
悪賢き二十五歳
1216年の秋皇后コスタンツアとその息子で5歳になっていたシチリア王ハインリッヒがドイツ入りをする

1218年の末フランクフルト滞在中のフリードリッヒのもとにローマ法王から手紙が届く
正式に神聖ローマ帝国の皇帝になりたければ十字軍を率いてエジプトに迎え、というものである
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by maryroserose | 2016-02-11 16:02 | 読書

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